たろうの旅。

自分を探す思考の旅日記。

結婚に我慢は必要か。

2023年2月22日 結婚って我慢してまでするもんなの?

 

僕の最初の投稿で、映画『そばかす』を見た時のことを投稿した。

今日の話は、映画を見た帰りに友達と夜ご飯を食べながら、感想を言い合った時の話。

 

『そばかす』は、あえて名前をつけるとすると「アセクシャル」の話だ。

アセクシャルは他人に恋愛感情や性的感情を抱かない人のことだ。

僕もちょっとそう言った節があるので、人生や将来について悩むと老後がどうしても心配になる。(僕まだ19なのに!)

1人は寂しい。でも、結婚という選択肢が無いに等しいので、1人が確定しているようなもんなのだ。

 

でも、寂しい。

 

今は学生なので、学校に行けば寂しく無い。

きっと就職すれば、それなりに毎日過ごせるだろう。

でも、そのあとは?

 

そのあとは僕、どうすればいいの。

 

時々このどうしようもない将来の不安に襲われるのだ。

『そばかす』はまさにこんな感じの話だ。

 

それでこの日の夜ご飯感想会に話を移すと、結婚はしたくないが1人は寂しい、それはどうするのが最善なのかという議題だ。

まぁ、普通の雑談みたいな感じ。ちょっとだけ白熱したけど。

 

ある1人の友達はこう言った「我慢も必要じゃない?」って。

正直心の中で思ったよね。「はぁ?」ってね。

この時の我慢っていうのは、結婚したくないけど、1人は寂しいってわがままだ。普通の人だって我慢して結婚してるんだから、寂しいっていうんなら我慢して結婚するのも必要って意味だ。

 

この考えって人生の先のステップに「結婚」が当たり前にある人もの。

好きな相手に少し嫌なところがあってそれを我慢するのとは訳が違うのだ。

恋愛的に、性的に、好きでない人と結婚するための我慢とは大違いではないか。

 

それともそれと同じくらいの不満が相手にあっても結婚するのだろうか。

 

僕は結婚ということが恐ろしくてたまらない。

たった1人と決めて、一生一緒にいるなんて僕は無理だ。

この考えについては子供っぽいってわかってる。

でも好きな人とかいたような記憶がないし、恋愛するために駆け引きとか努力とかとてもする気になれないんだ。

でも、学校に推しはいたから多分いつか好きな人も現れるって信じたい。

 

ちなみに、これは僕の思いなだけで、アセクシャルの人に「まだそういう人が現れてないだけだよ」とかいうのはあんまり良くないよ。

アセクシャルと自覚してるんならそれでいいって思ってる訳だし、アセクシャルのままの自分を受け入れてもらえるのが一番いいはずだし。

 

はぁ、、、好きな人までいかなくても大学で推しが欲しいなあ。

今の所の一番はめっちゃコミュ障って感じのちっちゃいおじちゃん教授です。

でも、大勢の学生の前に出るの、あんまり好きじゃないみたいで授業に二回しかこなかったので、まだ二回しか見たことない。笑。

てことで今日は以上です。